ブログで「共感」を得ることを考える回

雑記
スポンサーリンク

今日は休みだったのが幸いでした。
近畿地方は酷い雨でした、安納かる(@caru_unknown)でございます。

スポンサーリンク

ブログを始めたはいいけれど、さっそく息詰まっている所存でございます。

いえ、ネタはたくさんあると思うんです。
なんたって、散歩をテーマにしたブログですから、京都にはたくさん散歩してみて回れる施設(とゆーか神社仏閣)があるんですから。

でもね、私が散歩したところを書くだけなら、全世界に公開されるブログではなく、個人的に紙の日記に書けばいいわけです。

面白いブログ、面白い記事というのは、笑わせる文章という意味ではなく「共感」を得られる文章が結果として「面白い」につながるわけでして……。

その「共感」を得るって・・・ホント難しい
要するに、私というフィルターを通して、見ている方には疑似体験をしてもらうということでしょうか。

それには、私が事細かに自分の感情、感じたことを言葉にして説明するってことでして。
それって私の苦手とする分野だなーと最近痛感しているわけです。

いっそ小説とかの方がまだハードルは低いのかも。

今日は、愚痴回でした!
お目汚しをば、失礼いたしました。

▼▼2017年11月1日の追記▼▼

私にとって、この『共感を得ることを考える』というテーマは、この上記の記事を書いてからもしょっちゅうぶち当たるテーマになっています。

上の記事を書いてから3ヵ月近くが経ちました。すこーしだけ、すこーしだけ、自分の思っていることを言葉に出して書くことに慣れてきたと感じています。

しかし、慣れの問題もあるのでしょうが、『自分の感じたこと』にまだまだ自信が持てません。(根本的な問題でしたね!)

これは私自身のセンスの問題もあるのかもしれません。

服とかでもセンスないもんな~!!

先見の明もないし、この年になって自分のことが判断できません。フワフワしているね。

でも思うに、きっとこれは努力したからイイ感じのセンスになるということでもなく、一生付き合っていく問題なのでしょう
イイ感じのセンスには憧れますが、見ている方は誰もかれもがイイ感じのセンスを求めているとは限りません。
人は、自分と似た人を探している面もあります。

私のように残念な人は、一見目立たないだけでたくさんいると思われます

このブログは、そういう自分で自分を残念な人だと思っている人に届けばいいなと思って書いております。

コメント